ラブorライク。自分の判断に自信が持てません
投稿日 | : 2014/06/03 19:41 |
投稿者 | : ひなた |
今日の運勢 2025年運勢
Re(No.5) | |
投稿日 | : 2014/06/04 10:15 |
投稿者 | : ひなた |
真弦さんへの返信続きです。
すみません!Σ(T▽T;)
途中で送ってしまいました。
課題はありますが頑張ります。
Re(No.4) | |
投稿日 | : 2014/06/04 10:13 |
投稿者 | : ひなた |
真弦さん、コメントありがとうございます!
>文章を読んでいて、ひなたさんは
思慮深く頭のいい方という印象を受 けました。
いろんなことを意識的に考えて定義づけようとする、
そんな傾向があ りませんか?
ありがとうございます…照
でも頭がいいとは自分では思えなくて、
いつも色々なことにとても自信がなくて
学び続けなければ!と強迫的に感じて
しまいます。(分かりにくくてすみません)
たぶんそれは親達の様子を見てきて
そう思うのかな…と
両親は私が幼い頃から不仲でいつも大声で
喧嘩ばかりしていました。
私と妹は親達に、どっちの味方になるのか?
といつも無言の圧力をかけられていました。
彼らは本やセミナーやネットでも読めるコラム
などで学べることを身につけていなかったために
お互いを必要以上に傷つけていたと思います。
だから私は向上心のない人は苦手です。
>事実は小説より奇なりというくらいですから、
>実際の人の心はもっと 奥深いものです。
>恋愛という概念、「好き」「愛してる」という気持ちひとつ
>をとって も、 そこには無限とも云える形と可能性が
>広がっていると云えるでしょ う。
そうですね、自分にもそれが実感できたら嬉しいです。
>何も、物事や概念を記号化したり象徴化したりすることが
悪いわけ じゃないけど、
そういっていただけると心が軽くなります(^^)
>結局、ライアンさんが書かれているのと同じことになりますが
、 やっぱりあまり難しく考えず、自由に心の赴くまま、
感性が発するメッセージを素直に受け取っていていいのでは
ないで しょうか。
ありがとうございます。
自分なりの答えを人と関わるなかで発見していこうと
思います。
課題はありますが
Re(No.3) | |
投稿日 | : 2014/06/04 09:47 |
投稿者 | : ひなた |
ライアンさん、コメントありがとうございます!
>好き 「好き」に定義はないよ 頭で考えるのではなく、
feelingを大事にして
確かにそうですね。
自分の感性の反応をもっと大事にできる
ようにしていきたいです(^^)
>自意識過剰 こっちは問題だね
はい…泣
でも、友人も親身になって相談にのってくれて
いるのでちゃんと克服したいと思います。
失敗から学べるようにします。
>頭で考えたり、妄想するよりも、 Heartで感じよう
>すてきな恋愛をしてね
ありがとうございます(*^^*)
Re(No.2) | |
投稿日 | : 2014/06/04 00:27 |
投稿者 | : 真弦 |
ひなたさん、こんにちは。
文章を読んでいて、ひなたさんは思慮深く頭のいい方という印象を受けました。
いろんなことを意識的に考えて定義づけようとする、そんな傾向がありませんか?
映画でも小説でも、芝居でも漫画でも、古今東西に伝わる様々な物語に触れると、
人間の心という鏡に映し出される多種多様でデリケートな感情の世界、
ひとことではまとめられない、多角的で、立体的な人間模様が描かれていますよね。
事実は小説より奇なりというくらいですから、実際の人の心はもっと奥深いものです。
恋愛という概念、「好き」「愛してる」という気持ちひとつをとっても、
そこには無限とも云える形と可能性が広がっていると云えるでしょう。
誰だって、どんな対象にたいしても、漠然としたイメージをもっているものです。
そのイメージを心の中に引き起こすような出来事があると、
結びつけて考えてしまうというのは、ある意味ではとても自然なことです。
ただ、あまりにイメージが先行すると、いわゆる“頭でっかち”、
自意識過剰になってしまうのではないでしょうか。
「自分が今まで盲で、たった今目が見えるようになったなら、
目に映る物が何であるか知らずとも、“そのもの”が描けたろうに!」
そんなふうに嘆いた有名な画家があったそうですが、
たとえば私たちは空を見る時、自動的にその色を「青い」と思うでしょう。
しかし、青とひとくちにいっても微妙に違いがあるし、
空の色は、天気によっても違えば時間によっても刻々と変化しています。
でも、「空は青い」という概念の定着してしまった私たちの目には、
よほど意識しないと、その微妙な色の違いを見分けることはできないのです。
もしかしたら、「恋」にもそれと同じことが起こりえるんじゃないかって…ね。
何も、物事や概念を記号化したり象徴化したりすることが悪いわけじゃないけど、
ひなたさんの悩みの根底にはこのことが関わっているように思えたのです。
そして案外、ひなたさんと同じ悩みを抱えた人は、大勢いるように思えます。
結局、ライアンさんが書かれているのと同じことになりますが、
やっぱりあまり難しく考えず、自由に心の赴くまま、
感性が発するメッセージを素直に受け取っていていいのではないでしょうか。
内面にある自分の心の微妙な変化を、星空を見るように楽しむつもりで。
ひょっとしたら、新しい人間の心の一面を、
自分の中に眠る小宇宙の新鮮な姿を、発見できるかもしれませんよ。
文章を読んでいて、ひなたさんは思慮深く頭のいい方という印象を受けました。
いろんなことを意識的に考えて定義づけようとする、そんな傾向がありませんか?
映画でも小説でも、芝居でも漫画でも、古今東西に伝わる様々な物語に触れると、
人間の心という鏡に映し出される多種多様でデリケートな感情の世界、
ひとことではまとめられない、多角的で、立体的な人間模様が描かれていますよね。
事実は小説より奇なりというくらいですから、実際の人の心はもっと奥深いものです。
恋愛という概念、「好き」「愛してる」という気持ちひとつをとっても、
そこには無限とも云える形と可能性が広がっていると云えるでしょう。
誰だって、どんな対象にたいしても、漠然としたイメージをもっているものです。
そのイメージを心の中に引き起こすような出来事があると、
結びつけて考えてしまうというのは、ある意味ではとても自然なことです。
ただ、あまりにイメージが先行すると、いわゆる“頭でっかち”、
自意識過剰になってしまうのではないでしょうか。
「自分が今まで盲で、たった今目が見えるようになったなら、
目に映る物が何であるか知らずとも、“そのもの”が描けたろうに!」
そんなふうに嘆いた有名な画家があったそうですが、
たとえば私たちは空を見る時、自動的にその色を「青い」と思うでしょう。
しかし、青とひとくちにいっても微妙に違いがあるし、
空の色は、天気によっても違えば時間によっても刻々と変化しています。
でも、「空は青い」という概念の定着してしまった私たちの目には、
よほど意識しないと、その微妙な色の違いを見分けることはできないのです。
もしかしたら、「恋」にもそれと同じことが起こりえるんじゃないかって…ね。
何も、物事や概念を記号化したり象徴化したりすることが悪いわけじゃないけど、
ひなたさんの悩みの根底にはこのことが関わっているように思えたのです。
そして案外、ひなたさんと同じ悩みを抱えた人は、大勢いるように思えます。
結局、ライアンさんが書かれているのと同じことになりますが、
やっぱりあまり難しく考えず、自由に心の赴くまま、
感性が発するメッセージを素直に受け取っていていいのではないでしょうか。
内面にある自分の心の微妙な変化を、星空を見るように楽しむつもりで。
ひょっとしたら、新しい人間の心の一面を、
自分の中に眠る小宇宙の新鮮な姿を、発見できるかもしれませんよ。
Re(No.1) | |
投稿日 | : 2014/06/03 20:36 |
投稿者 | : ライアン |
>好き
「好き」に定義はないよ
頭で考えるのではなく、feelingを大事にして
>自意識過剰
こっちは問題だね
頭で考えたり、妄想するよりも、
Heartで感じよう
すてきな恋愛をしてね
「好き」に定義はないよ
頭で考えるのではなく、feelingを大事にして
>自意識過剰
こっちは問題だね
頭で考えたり、妄想するよりも、
Heartで感じよう
すてきな恋愛をしてね
はじめまして。
20代前半、女性のひなたと申します。
元彼と10ヶ月ほど前に別れて以来、
彼氏は居ません。
私は現在、ちょっと気になる人が
いるのですが自分の気持ちに確信が持てません。
というのも、どうも私は一人で舞い上がって
しまいやすいというか、自意識過剰というか、
「好き」フィルターがかかってしまって
事実を客観的に見ることができなくなってしまうんです。
「相手が貴方に好意を抱いていなくても
そのくらい普通にするよ…?」
と以前恋愛相談したとき友人にも言われました。
この「好き」フィルターを友人に指摘してもらってから、
気をつけよう…とは思ったのですが、
どう気をつければいいかわからなかったことと、
自分の恋愛の判断力に自信がなくなってしまいました。
今も少し気になる人がいるのですがまた思い込みだったら…
と思ってしまいます。
しかも今回気になっている人は
元彼(後味の悪い喧嘩別れをしてしまいました…)の後輩
でもあり好意を持つ反面何となくばつが悪いです。
自分も相手も傷付かないように行動しようというのは
おかしな話かも知れませんが、
このままでも良くないと思っています。
恋愛的な「好き」とは皆さんにとってはどんな気持ち
でしょうか?
家族や親友を大切にしたい気持ちと似ていますか?
「私はこの人を恋愛対象として好きなのかな?」
と悩んだときはどのように結論に至りましたか?
もやもやして混乱しているのでアドバイスや
思ったことを言っていただけたら嬉しいです。
乱文長くなってしまいましたが、
最後まで読んで下さってありがとうございました。